長崎県五島市について


五島市は、九州の最西端、長崎県の西方海上約100キロメートルに位置し、大小140の島々からなる五島列島の南西部にあります。平成16年に1市5町が新設合併して誕生。総面積420.10km2、11の有人島と52の無人島で構成され、島の大部分は西海国立公園に指定されています。

五島市では美しい景観が随所で見られます。東シナ海の荒波を受けた海蝕崖や特異な火山形など、珍しく美しい景観が見られるだけでなく、エメラルドグリーンと白い砂浜のコントラストが美しいビーチ、色とりどりのサンゴ礁や魚のいる透明度の高い海、ゆっくりと水平線に沈む夕景など、自然の雄大さを感じることのできる手つかずの風景がたくさん残っています。



また五島地方は対馬暖流の影響を大きく受けることで、冬は暖かく夏は比較的涼しく、年間平均気温も約17℃と一年を通して過ごしやすい気候です。そのため海の幸・山の幸ともに豊かで、さまざまなご当地グルメが楽しめます。日本有数の椿の島としても有名で、天然の栄養素が豊富な椿油は、ヘアケアやスキンケア製品から食用オイルまで、さまざまな商品が生まれています。

五島市の歴史・・・遣唐使や空海も


九州の最西端にある五島は、古くから大陸へ向かう人々の寄港地として利用されてきました。
奈良・平安時代には、東シナ海を横断する遣唐使船の最後の停泊地として利用されており、遣唐使の一員として海を渡った空海が唐からの帰りに立ち寄ったとされる明星院では、弘法大師(空海)作といわれる地蔵菩薩も見学できます。
また中世以降では海外貿易の拠点として栄えたこともあり、さまざまな異国の文化の影響を受けた歴史遺産が数多くの残っています。中でも江戸時代末期に信仰の新天地を求めて多くのキリシタンが五島に渡り、歴史遺産としても貴重な教会堂が数多く残っています。

五島市の歴史・・・キリシタン信仰の地


江戸時代末期、信仰の新天地を求めて約3,000人ものキリシタンが五島の島に渡ってきました。彼らは指導する神父のいない状況でしたが信仰を守っていました。しかし1868(明治元)年に久賀島におけるキリシタン弾圧が始まります。信仰を棄てるよう迫られたキリシタンは、幼い子供を含む多くの殉教者を出すなど、その苦しみは大変なものでした。
1873(明治6)年に禁教が解かれると、大小さまざまな美しいカトリック教会が島のあちこちに建てられていきました。それらの多くは、隠れながら命がけで信仰を守り、子や孫に伝え続けてきた集落の信徒達によって財産と労力を惜しまず建てられたてきたものです。その信仰は、今も島の人々に受け継がれています。

五島の海産物が美味しい理由は?


黒潮から分かれた対馬海流が、他の海流とぶつかりあいながら五島列島沿いから対馬へ向けて流れています。五島列島周辺の海は、この対馬海流の影響を大きく受けることで、恵まれた漁場となっています。
また五島列島のある東シナ海には、世界有数の大陸棚が広がり、水深100〜200mの良質な漁場を形成。 この恵まれた自然環境から、脂ののった多種多彩な魚介類が集まり、年間を通して五島に豊富な海の恵みをもたらしています。

五島の魅力を体験ください!


美しい海や山、雄大な景観など、五島には恵まれた自然環境からもたらされる恩恵がたくさんあります。またその立地から、さまざまな文化の交流が生まれ深い歴史が刻まれてきました。美しい自然と歴史が残る五島、そこに住む人々の優しい暮らしの中で育まれてきたたくさんの特産品。
ぜひ多くの方に、五島の魅力をたくさん体験していただけると幸いです。

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